Travel in India インド農村生活と一人旅


 Dakshinyanのしていること


 村に学校を


あたしの行ったあたりの村には、政府の運営する学校がなかった。いや、正確に言うと学校の建物はあったけれど、誰もいなかった。むしろ誰か住みついて家にしていた。

政府の学校が動いていないのは、大抵は生徒が来ないからか、先生が来ないからである。農村地域では、子どもは家の仕事を手伝っているので、親にとっては学校なんかにいかせるよりは家で仕事を手伝ってもらったほうがよいと考える。しかも先生がまともに教えないことも多いので、学校へ行くことの意義が見出せないのである。しかも学校の場所が遠ければ、子どもが誘拐されることも襲われることも考えられる。

この地域の場合はむしろ先生が学校にこないパターンで、こんな田舎だと先生が来たがらないようである。政府役人と教師が取引していて、役人は教師が学校に行っていなくても給料を渡す変わりに、月何百ルピーかの御礼をもらっているらしい。そんなわけで、この地域では全く教育がほどこされていない状態だった。

 ミッショナリースクール


この辺に学校を開いたのはミッショナリースクールだった。ミッショナリースクールとはキリスト教を母体とした慈善事業で、男女平等に、貧しい人にも教育を、ということでインド各地で活動している。寮も完備し、卒業後は普通の学校にあと2年行けば、高等教育も受けられる。授業料はかかるが、年に470ルピーほど(他にテキスト代、寮費など)である。シスターと神父様が中心となって運営しており、学校には教会、薬などのある簡単な診療所もあった。

授業は8科目あり、ヒンズー語や英語のほかに、地理や歴史、理科なども教えられていた。課外授業もいろいろあるらしく、私が訪問させていただいた時はちょうどシスター達の入れ替わりの日で、お別れ会として劇や歌を行っていた。ヒンズー語での劇は何をいっているのかわからなかったが、女装あり、笑いありで楽しかった。男女が別々に発表していたのがちょっと気になった。

●ミッショナリースクール●

おとこのこはズボンが制服のかわりでみんな一緒だった。ここはゴッダという町なので、電気が通っている。
教会のお金でたてられただけあって、スクールの建物は立派である。
●発表会●

5年生くらいの男の子発表。サリーを着て女装しているのがなんとも面白かった。

 Dakshinayan


それでもミッショナリースクールはお金がかかることから、村のこども全員が行けるわけではなかった。むしろミッショナリースクールに行っている子は割と裕福なのかな?とさせ思った。

Dakshinayanではミッショナリースクールのいい噂は聞かなかった。彼らは文房具を生徒に高く売っているとか、授業料を滞納したらものすごく厳しいとか、キリスト教を押し付けないといいつつ聖書を毎日勉強しているとか。実際村の中のキリスト教信者はだんだん増えている。Dakshinayanのスタッフは「ミッショナリースクールに子どもを通わせたければ家族みんなキリスト教にならなければならない」と言っていたが、ミッショナリースクール側はそんなことはないと言っているので定かではない。ただ、ミッショナリースクールはカリキュラムを組んで授業を行っているので、生徒が学校を休みがちだと勉強の意味がないようだった。

お金を払ってまでミッショナリースクールに行く人が少ないことから、Dakshinayanが村にもうひとつの学校をつくることにした。授業料は年20ルピー、払えなければ無理をしなくてもよい。教科書はいらない。家の手伝いをしても無理のない時間を登校時間にあてている。
まずは学校に来る習慣をつけ、勉強の価値を学ぶ場、学校は楽しいんだとわかる場を作ることが目的らしい。

また、Dakshinayanの創設者Shiddarは、この村に約8年住んで、村人達とまず信頼関係を築いた。その中で村人のニーズを探ったり、問題を調査して、何が必要なのかを見極めようとした。彼は村人に必要なのは教育であり、こどもたちを教育することで、村の環境はよくなると考えた。そこで学校をたてたり、医療支援をはじめた。PRA(参加型農村調査法)がとられていることに注目したい。

 教科


教科は英語、ヒンズー語、数学を教えている。この3つはDakshinayanが最低必要だと考えている科目だ。電気も通ってない村でもグローバリゼーションの波は押し寄せていて、色々な業者が設けようとやってくることもある。取引をするときに、ヒンズー語もしくは英語がわかっていれば不利な契約を結ばずにすむし、計算ができれば騙されない。また、本や新聞が読めるようになれば、医学の知識をつけることもできるし、安全な暮しを送れる。

Dakshinayanで勉強をしているうちに、ミッショナリースクールで本格的に勉強をしたいと考える子どもも出てくる。それはDakushinayanとしてはおおいに歓迎らしい。教育の価値を知ることができ、そこにお金をかける気になったのはすばらしい、ということだ。そう考えるDakshinayanもすばらしいと思う。


●学校の前で●

黄色いシャツは一応制服となっているが、Dakshinayanが売っているわけではなく、父母が欲しいと思ったら市場で作ってくるらしい。なのでみんなデザインが微妙に違った。
●門で●

Dakshinayanの敷地の入り口には門がある。牛が勝手に入ってこないようにだ(笑)
自転車はここでは大変高価である。なので持っている子どもはちょっと自慢げ。


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